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記憶 - 雨 (1) -

記憶」 「舞台:記憶 【後編】」 の 前編です。


早坂由起夫は白い霧の中、首都高3号線下り、用賀付近を自動車で走っていた。

先ほどから出てきた白い霧が、次第に深くなっていく。

助手席では、安田麻希子が寝ている。
その寝顔を見ていて、なにか、記憶の底に引っかかるものを感じる。

 - どこかで、こういう光景を見た事があるけど、、どこだ?思い出せない-

 いつの間にか、視界を覆い尽くした霧のせいか、前にも後ろにも車が見えない。深夜というよりも明け方に近い。首都高を過ぎて、東名高速に入り長い直線が続いているところのはずだ。に、しても・・・
路側に立っているはずの青い照明も見えない。どうやら、白い霧は非常に濃いようだ。

助手席では、安田麻希子が寝ている。その寝顔を見てもう一度なにか思い出せるか考えたがわからなかった。

不思議な霧だった。霧が音を吸い込んでしまったように音が聞えない。ロードノイズも、風切り音も全くない。
車の速度は出ているはずで、メーターに視界を落とした時、早坂は大きい音を聞いた、気がした。



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 早坂由起夫は、空を見上げていた。
 
不思議な空だった。まだ、空は暗い。夜明け前のように、雲間から光が差している。が、それは地平からではなく、天上。見上げた真上の空の雲の間から、光が差している。

  - どうして、俺は空なんか見上げているんだ。-

 雨が降っているようだ。
空から落ちる雨は、雲間から差す光を時折反射し、視界に入ると、その像を結ぶ。落下速度が遅い。
不思議な雨だ。雨音もなく、ゆっくりと落ちてくる雨。雨が粒子が落ちてくるところを、地表から見上げて確認できるのだろうか。しかも、夜に。

 - そもそも、夜なのか?あの空は、雲のむこうの光はなんなんだろう?-

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 早坂は、額から眼窩を伝い、唇に一時留まり、顎から首を伝って胸へと流れる雨を感じ、このゆっくりと落ちる雨にも温度のようなものがある事を確認し、顔を拭おうと右手を動かそうとした。右手は麻痺したように動かない。左手は、と視界を戻した瞬間、自分が停止した車内にいることに気が付いた。

 フロントガラスは粉々になり、ピラーが歪んでいる。エアバックが作動したようだ。右手は痺れて動かない。足の感覚もない。事故の瞬間も憶えていない。首の感覚もおかしい。
ふと、胃から嫌な感触が沸き上がった。そうだ、麻希子は。

 ゆっくりとしか動かない首を左にひねって、助手席を見ると、麻希子は寝ているように、顔をこちらに向けて目をつむっていた。シートベルトをしているし、エアバックも作動したようだ。
 見ただけでは、麻希子は運転中と変わらず、寝ているようだ。

 - そうか、事故を起したんだな、、、しかし、いつの間に停止したんだろう。 -

 白い霧は晴れて、不思議な空が広がっている。雨は止んでいない。
夜中だというのに、雲間から光が差す空、空から降るゆっくりと落ちてくる雨。

 早坂は、ふと麻希子の顔を見て、ある事を思い出した。以前にもこの寝顔を見た事を思い出していた。
 
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 2004年9月25日深夜、東名高速道路下り川崎料金所の1KM手前の高速道路上。
 早坂由起夫と安田麻希子の乗った自動車は、路側帯との接触事故を起した。停車した車内に、二人はいた。


記憶続編 - 雨 (2) – へ続く
*画像提供 。んへらby z_mrkwさん 2のそ空■ / らへん。by z_rahenさん  ■Black Dog

by ikkyuu_as_cousaku | 2004-10-29 00:00 | 永日小品