朧月夜 - 中島美嘉

PV 朧月夜~祈り - 中島 美嘉
誕生日の おごちそう。 absinthさん、おめでとうございます。



終電が近い時間に、ドアを開けると、客船桟橋の向こう側に、小さなビルくらいの高さの大型客船が滑るように海面を移動していた。

信号で3つくらいの距離には晴海埠頭が見え、東京湾には波がほとんどない。桟橋に波があたる音だけが時々聞こえる中、水面を無音で移動する大型の客船には、明かりがともっているのだが、どうしても人間が沢山乗っている「乗り物」には見えない。

無音で異動するビルほどの容積をもつ、「乗り物」。視界を移動していくその客船により、視界全体に現実感が失われる気がした。


晴海ふ頭側のネオンが海面に移り、空には朧月がかかっている。
あの客船のせいではないが、この現実感のない風景は、小学校にあげるまえに行った一面の菜の花畑を思い出させた。

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父の勤める農業試験場の北側に菜の花畑はあった。広大な牧草地の脇をアスファルトで舗装された道があり、それを何キロも行くと、その菜の花畑はある。

巨大な欅が、道路の両側に並び、菜の花畑の東側の境界線を作っている。

菜の花畑から見える山々には雪が残っている。雪解けのあと生えてきたまだ柔らかい牧草と、菜の花の匂いがいっぱいでクルマの窓を開けているときよりも、停車したあとのほうが、余計に菜の花をリアルに感じることができた。
水仙や、菜の花の黄色い花は、あまり好きではなかった。もっとキレイで、もっと儚げで、夢のような花があるはずだと思っていたが、目の前の一面の菜の花畑は、小さい頃の僕にとっては異様に写り、現実感を奪うにはその黄色い洪水のような菜の花畑の広さは、充分だった。

一度だけ、夜の菜の花畑に母と来たときに、曇った空に稜線をあいまいにした山の上に朧月夜が見えたことがあった。
「おぼろづきよ」というのは、その時初めて聞いた言葉で、月とどう違うのか、わざわざ別の名前にする意味があるのか、その頃は理解できなかった。ただ、今日(今夜)は月が不思議な形をしているとしか思えなかったから。

ただ、なぜか父も弟も一緒に暮らしていたはずなのに、母と二人で夜の菜の花畑にいる僕は、稜線の上のぼんやりとした月を見ていた。
母は、あまり話さず、少し前を歩いていた気がする。母の後姿を見ながら、僕は朧月夜のした、夜の菜の花畑のなかの舗装されていない道を歩いていた。

朧月夜は、そういう現実感のない風景を思い出させるのだが、あの時もそうだった気がする。


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5月のはじめのある夜、僕は、欅の街路樹を一人で歩いていた。
自分の足音を聞きながら、一人で夜の道を歩くのは好き。

断片的に思い出す、チームを組んでいた同僚との会話の切れ端。


「どうしてあの時即断できたのかわからない。自分でも不思議なんだ。」

  ― そう?私は説明はできないけれど、その理由・答えは自分の中にはあるけど

「考えたいんだよね。材料が少なすぎるのに、どうして即断したんだろう・・・」

  ― ・・・

「そもそも、こういう風に自分が下した決断について悩むことに意味があるのかな」

  ― 混乱すること、混乱の中に自分がいることを自覚することは、私には不思議ではなくてしばしばあるわ

「俺は混乱することがあまりないし、するとしても、今みたいに考えたりするからそれを他の人の前でみせないと思うんだよね 」

  ― それが、あなたのやりかたなんでしょう?

「そうかも。ところで、ゆれ幅がある感情を表に出すってどういう風な気分になるの?」


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欅の街路樹の葉を風が揺らすと、梢の向こう側に朧月が見えた。

僕は彼女の言動についていつも不思議な感情を抱いていた。

他の人がそのまま通り過ぎてしまうような事にも、深く考え、それが適切なのか、彼女にとって正しいのか、、、いつも立ち止まって考えている彼女。どうしてそんな風に立ち止まることをいとわないのかが、不思議だった。

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梢の向こう側に見える、朧月を見ながら、朧月夜を歌ってみると、不思議と歌詞を憶えていて、意外なほどの記憶力に戸惑いも覚えながら、僕は欅並木を歩いていた。

そういえば。

あいつも、月が好きとか言ってた気がする。

僕は、なにか大切なことや、言っておきたかった事があった気もするけど、忘れてしまったことに少し後悔していた。

物事には、言うべきタイミングがあるという事は薄々感づいていて、でも、そういうふと気づいた「大切なこと」「言っておきたかったこと」はすぐに忘れてしまう。

言うべき人と一緒にいる時には思い出せないことが多いし、逆に、一人のとき、例えば、夜中一人で目覚めたとき、一人でこうして歩いているとき、なにか美しいものを見たとき、思い出すことが多いような気もする。

今度、なにか思い出したらすぐに伝えたいな。と思いながら、一人で朧月夜の欅並木を歩いていった。

【朧月夜】 影浦安武のこと そして真田という男について  に続く。
absinth さんが続編を書いてくれました。
閉園


PV
記憶」 「舞台:記憶 【後編】記憶 - 雨 (1) - 記憶 - 雨 (2) - の 続きです。っで、真田という人物はいまいちにぶいというか、他の人の感情に疎い面があるなと思いました。





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朧月夜~祈り - 中島 美嘉

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by ikkyuu_as_cousaku | 2005-07-05 00:00 | PV