20110329 港区海岸の防潮堤防

b0005129_20333315.jpg




20110329 1318 1600×1067 ピクセル – 360 KB
ISO: 100 露出: 1/1000 秒 絞り: 5.6
カメラ: RICOH モデル: GR DIGITAL 2 焦点距離: 5.9mm (35mm換算 28mm)



東北地方太平洋沖地震の影響による福島第一原発の事故は未だ収束の気配すらみせていないが、首都圏ではもう一段落したような気配となっている。計画停電に話題がシフトしているようだ。スリーマイルやチェルノブイリとの比較がどうして通用しているかが、全くわからない。

もちろん地震と津波による被災地域でも、行方不明の方を含め、インフラが整っておらず、住居・仕事を失った状態の方がたくさんいる。が、救済を呼びかける地上波で流れている「今ひとつになる」、「力を合わせよう」というスローガンやキャッチコピーは、何を指すのかがすぐにイメージできないのだが、おそらく「被災した方たちのことを自分とは関係ないこととせず、日本という単位でマクロ的な視点を持って事態に対処していこう」ということなのだろうか。少し考えないとわからなかった。

こういう曖昧なイメージで訴えかけても「なんとなく募金した」「なんとなく節電した」でなにかをした気になってしまい、たちまち原発の放射能や、被災した方たちへの感心もすぐに移り変わってしまうのではないかと思ってしまう。(もちろん募金は意味があることだと思うけれど)

農業や漁業、私達の飲料水に与えるダメージや継続する期間は現状では試算すら出来ていない状況だと思うし、補償には国費をあてざるを得ないがどのような額になるのかも全くわからない。

震災からの復興にはシナリオや指針がある程度必要だと思うのだが、火力や風力、水力、そして地熱を含め、現在原子力発電が担っている供給電量を代替エネルギーへ緩やかにシフトすることを視野にいれたものであればいいなと思う。

「何か起きてしまったこと、専門家でも政治家でもないからわからない」と思考停止せずに、「なぜこうなったのか、どうしていくのがいいのか」を、(それこそ日本が一つになって)考える機会なのかなと思うが、報道やtwitterを見ていてもそうはならない気がする。これこそが諦めなのかもしれないが。

[PR]
by ikkyuu_as_cousaku | 2011-03-29 13:18 | 画像